2007年12月28日

松下の富士詣り

こないだ注連縄でご紹介した
松下社の一角に
こんな絵馬殿があります

絵馬殿

授与所で手に入る絵馬を
ぶらさげるのかなぁと
のぞいてみますと
かなり大きな絵馬が
梁に展示されとります

でっかい絵馬

これ、富士詣りの記念だそうです

冨士詣り記念!

富士山、見えますでしょ

申の年に松下では
富士詣りをするそうで
若い人が多かったときには
申年と申年のあいだにも
「あいさ詣り」と
12年に2度行われていたようです

交通手段が発展し今では詣りのルートも
変わったようですが
道歌から昔の様子をさぐってみると

まず祓島で禊ぎ
→富士山を遥かに拝む
→千尋の浜より船に乗り
→吉田の港へ船が着く
そこから(中略)
天竜川、かけがわ、菊川、大井川、たごの浦…
富士川と名だたるところを歌い最後にご来光を
おがんだそうです

「富士のお山は こいの山
やがてげこして またまいろ」
が道歌の結び

いったい何日かかったんでしょうねえ

ちなみに絵馬殿
こんな立派な茅葺き屋根の造りです

茅葺きです
posted by 浜参宮観察隊 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 二見の話題> 勝手に名所・旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月05日

クジラ…

おなじみ二見シーパラダイス前

シーパラ前


今度ここを通過するとき山側を
ちらっとご覧下さい…

シーパラ,山側


たくさんの幟,です…

なんでしょう,この幟

なんでしょう?


よく見ると幟には『江地蔵大菩薩』
と染め抜いてあります

ここは『江の地蔵』という
お地蔵さんがお祀りしてあります

幟を抜けると…

のぼりを抜けると…


…ちょっとした広場になっております

写真右側が地蔵堂です

ここに六体のお地蔵様
六地蔵が安置されているそうです

六地蔵


(なんやら幕がかかっているので)

(チビ頃からお地蔵さんがあるのかどうか…)

(疑問だったです,はい)

(未だに疑問です…)

(見たことないから…)


お地蔵さんの縁起は
じつはよく分からないそうで…



ちなみに江地区の墓地はこの上にあります

シーパラダイスの向かいは
オーシャンビューな

墓地 なのです

墓地!


墓参りに連れて行かれると
シーパラダイスから
イカ焼きのえ〜匂いが
漂っていましたなぁ

(う〜ん,当時はシーパラダイスじゃなく)

(…夫婦岩パラダイスかぁ)


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さてさて本日の話題

(お地蔵さんは,ネタふり?)

ここの地蔵堂脇に高さ80cmほどの小さな石碑があります

小さな石碑


線香が手向けられ湯飲み茶碗も供えられ…

ちょっとアップ

ちょっとアップ


…もひとつアップ

もひとつアップ


よく見ると…
『獲鯢誌』と彫ってあります

(う〜ん,写真じゃ分かりにくい!)

内容は,誰がど〜見ても…

漢文



…わたしゃ, 読めん


なので
毎度の二見町史の助けを借りまする

けだし鯨鯢に各種あり,ここに獲れるのは俗称座頭,そのたけひろなり。すこぶる利益あり,よりてその功績を永年に留めんと欲し,石をきざみ且弔祭して伝う


明治29年12月29日
現在の五十鈴川派川(江の川)河口に
鯨が迷い込んだそうです

迷い込んだのは六尋のザトウクジラ


六尋ってことはだいたい10メートルちょっと

(長さ一尋は約1.8メートル)

(大人が両手をうんと開いたときの長さだそうで)


長いひれが特徴の,ザトウクジラ

ザトウクジラ

(画像,こちらからお借りしました)
ザトウクジラの専門ミニサイト
http://www.warabeneko.com/guide/zatou/

(ザトウクジラ…)

(座頭,つまり盲目の人たちが)

(杖をついているようにヒレが長いクジラ)

(…という意味だとか)

(以上,ザトウクジラ・ミニ情報でした)




江の地区の村民総出でクジラを捕まえ
そのおかげで村中がものすごく潤ったらしいです


当時鯨一匹で村中が潤う…
とまで言われていたそうで


石碑はそのときの供養碑
村住民のクジラへの感謝の気持,なのです


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そういや,紀伊半島には捕鯨の文化がありますね
伊勢湾にもたまにクジラが入ってきたり…

世界最小,鳥羽水族館のお馴染み
スナメリくん

伊勢湾が主な生息域の一つです
posted by 浜参宮観察隊 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 二見の話題> 勝手に名所・旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

ロープウエイ…?

二見のお散歩名所(?)音無山を頂上目指して登ります


頂上の展望台からさらに奥へ進むと
突然目の前にコンクリートの塊が現れます

なんじゃこりゃ?


(知らずにいるとちょっとビックリしますが)


見た感じ何かの建築物ですね


かなり古そうです


階段もついてます

階段…?


階段を昇ってみると…


なんでしょう?

なんじゃ?


これ,実はロープウエイの駅跡なんです


このコンクリートの前方山の木々の間には

DSC02235.JPG


プラットホームらしき構造物…


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そう,二見の音無山にはその昔ロープウエイがあったんです


ほら…

ほらね


こんなものも…




このロープウエイ、昭和7年(1932年)7月に開業
麓の駅から音無山駅まで250m,高低差約109m
所要時間は2分で結んでいたんだとか


なんと朝の6時から夕方18時まで 10分間隔 で運行され
元旦には日の出の30分前より臨時運転をしていたそうです


ふもとの駅(二見浦駅といってたそうですが)は
今の海洋楼という旅館がある辺りだったそうです


国道から夫婦岩へと入る坂がありますが
ほぼその真上を走っていたようですね

DSC06239.JPG


(写真右角の建物が海洋楼)


実際,頂上の駅から真っ直ぐ強引に下りてくると
国道の夫婦岩入り口に出ます


下から眺めても
坂のほぼ上に駅跡は位置します


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もともとこの場所には
お稲荷さんがありました

音無山にロープウエイがあり
山上は遊園地だったころ(戦前の話し)

遊園地のとある食堂のご主人が
商売繁盛にと伏見のお稲荷さんを勧請し
この場所にお祀しました

■『音成神社例祭』の巻、より
http://hamasanguu.seesaa.net/article/26093225.html


というわけで
音無山の頂上は遊園地になっていました


ロープウエイのパンフレットにも…

音無山遊園地


二十数年前、管理人がチビの頃…


この駅跡付近には
何か建造物のコンクリート基礎部分とか
芝生広場がありました


よくダンボール持っていって
滑って遊んでたんですが
それくらい広い芝生広場でしたな


最近これらを探してみましたが
音無山遊歩道として整備されたとき
明らかに道が変わり…


あの芝生広場の場所が
ちょっとわかりませんでした(涙


ちなみにロープウエイが廃止されたのは
昭和17年(1942年)、戦時下の資材供出のためです


溶かされて鉄砲の弾に変わっちゃったんですね


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この二見のロープウエイ
全国で10番目に古いみたいです


10番目といってもそのうち2つは
特別博覧会用の臨時ロープウエイなので
正式な旅客用としては8番目の古さ、ですか


〜参考〜
六甲登山ロープウエイ(3)/2. 戦前あったロープウエイ達
http://www2.osk.3web.ne.jp/~morichi/rk/Ropeway/Topics.shtml
posted by 浜参宮観察隊 at 11:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 二見の話題> 勝手に名所・旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

太江寺・興玉社…

二見興玉神社
興玉さんの創建は明治43年。江にあった太江寺の興玉神と茶屋の氏神を合祀して出来た神社で、意外に新しいんです。


二見十景・一/夫婦岩より
http://hamasanguu.seesaa.net/article/25886938.html


そこで疑問です…


じゃあ、明治43年(1910年)以前の二見興玉神社は?


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この 『以前の興玉神社』 は
太江寺に 『興玉社』 として祀られていたそうです


今でも太江寺本堂脇には 『元社・興玉社』
として祀られています

元社・興玉社

興玉社謂書


そして,そのお社の中には
ご神石,ご神鏡,伏見稲荷から勧請された荼吉尼天立像が…

■荼吉尼天…明治の神仏分離の際、多くの稲荷社は宇迦之御魂神などの神話に登場する神を祀る神社になったが、一部は荼枳尼天を本尊とする寺になった

wikipedia 『稲荷神』 より



(ここに興玉さんのご神石,ご神鏡てことは…)


(今の興玉神社には…)


(……?)


(触れてはならぬことかしら?)


(しかも上の引用に出てくる 『宇迦之御魂神』 って…)


(興玉神社に猿田彦神とともに祀られてる神様だよ…)


(しかもwikipediaの二見興玉神社の記事には…)


(宇迦御霊之神,ここでは神宮外宮の豊受大神の別名とされる,って…)


(しかも稲荷社と縁のある神様…)


(うわぁぁナゾがナゾを呼ぶぅぅぅっ!)


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さて,そんなことより…


約1200年前に行基が開いたと伝えられる真言宗の太江寺


話しによると
行基さんは各地にお寺を建立しましたが
その時必ず神様もお祀りされたんだとか


太江寺のばあい,それが興玉社だったといいます


夫婦岩の沖合いに沈む 『興玉神石』 を勧請したとか


興玉神石に観音菩薩が現れたという絵図が太江寺にはあるとか


それに竜神伝説があったり


そうそう内宮の本殿北西,御垣の内に興玉社があります


ちょっとナゾの多い,『興玉』…


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さて,本日の太江寺仁王門修復法要にあわせ
この興玉社が開帳されました


普段,絶対見ることの出来ない興玉社内
畏れ多くも…






撮っちゃいました…


興玉社内


左にご神鏡,右には荼吉尼天立像


肝心の神石は…


本堂の奥に今あるから今は見えないそうです


(えっ?)

posted by 浜参宮観察隊 at 21:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 二見の話題> 勝手に名所・旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

二見浦…

うら【浦】
《「裏」と同語源で、外海に対して内側の意》
1 海や湖が湾曲して陸地に入り込んだ所。入り江。
2 海辺。浜。



二見の海岸は一般に『二見浦』と呼ばれますな
ふたみがうら、とか


あっ、JRの駅は『二見浦』と書いて『ふたみのうら』です
『ふたみがうら』ではないんです


さてさて


二見の海岸は弓状に湾曲しておりまして
興玉さんからぐるっと見ると
西(左)のほうへ、ずっと海岸線が続いているのが見えます

おきたまさんから見れば…


このずっと続く松林の風景
なかなかです


距離にして約4kmの海岸線


旅館街から海岸へ出ると
そこはもう松林

もう松林


白い建物は二見中学校体育館
その右横の少し松が濃いあたりは
神宮の塩を作る、御塩殿神社


そうそう、二見の海岸は
実は、この御塩殿神社より向こうが
趣があるんです


松林と海…


以上それしかありません

海と松林


これがなんともはや…


ずっと堤防が続いているので
お散歩にはもってこいです


潮風を浴びながら
片道4kmのお散歩


なかなかです


こんな二見の海岸
日本初の海水浴場の一つと認定され(明治25年、1892年)
昭和11年には三重県の名勝地とされてます

名勝二見浦


この石碑はその名勝指定を顕彰して建てられたものみたいですな


昭和十一年一月二十二日三重縣史蹟名勝天然記念物保存顕彰規程ニヨリ指定
と石碑の裏に彫られてます


興玉広場の西端に立っております


んで…


二見浦は今年平成18年7月28日に
国の名勝地に指定されました
http://bunka.nii.ac.jp/jp/region/24.html
(文化庁;文化遺産オンライン)


伊勢湾に望み、白砂の美しい砂浜が続くことから古代より和歌の歌枕として広く知られ、特に中近世以降には大小2つの立岩(夫婦岩)を中心に海神を祀る霊場としても崇敬を集めた鑑賞上の価値の高い自然の景勝地でもある。

国名勝指定理由より



国も認めるいい景色


五十鈴川が海に出る、その河口で海岸線は途切れます
ここから夫婦岩方面を見る景色が
管理人一番のお勧めです

おすすめだよ〜


音無山が海に落ちるところに夫婦岩
その奥には神前岬、答志島、神島…
朝熊山はなだらかな稜線を横たえています


それにここらには砂浜もあります

砂浜〜


遠くに見える夫婦岩(方面)
今は季節柄海苔養殖の『海苔ソダ』が立ってます

遠くに夫婦岩


ここから見える景色…
(クリックして大きくしてくだされ)

夫婦岩方面

答志方面


こういう景色を眺めつつ
弁当なんか食べたら気持ちいいですな


気持ちいいに違いない


絶対気持ちいい






というわけで持参しました


おべんとおべんと


それではいただきます


潮風を感じつつ、地元ぎゅうとらの助六寿司


ぎゅうとらの助六、基本ですな


目の前の景色が食欲を増進させます


う〜ん、うまい


というわけで、あっちゅうまに


ごちそうさま

ごちそうさま〜


弁当はいいけど、きちんとゴミは持ち帰ってね

ゴミは持ち帰ってね
posted by 浜参宮観察隊 at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 二見の話題> 勝手に名所・旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

爆弾池…

さて、8月15日は終戦の日です

いきなりなんじゃ?と思われるでしょうが

実は二見に太平洋戦争の痕が人知れず残っております

アメリカ軍が爆撃に来たとき、あまった爆弾を投棄した痕…

地元では『爆弾池』という名前で知られています


***************


「あぶない」みたいですが
ここが噂(?)爆弾池入口

危ないよ


つったか つったか
田んぼの中を
木々の間を
すすんでいくと・・・

つったかつたっか…

さらにつったかつたっか…


発見!爆弾池!!!
結構深そう

爆弾池!

爆弾池!!

(直径10メートルほどのきれいな円形です)


二見クリーンセンターの建物の
裏です

場所はクリーンセンター裏


お隣ではこんな感じで
稲が実っております

稲だねぇ


のどかな風景です
緑の山に
青い空

のどかだねぇ…、うん?


んっお城・・・
安土桃山城でする

おぉ文化村の城じゃないか!

***************


ええっと、ちょっとここで…

伊勢市(当時は宇治山田市)が初めてアメリカ軍の爆撃を受けるのが1945年の1月14日です
『宇治山田に初空襲。爆弾で外宮の斎館・神楽殿が崩壊、岩渕町、錦水橋付近に被爆、岡本町の宮崎文庫が全壊する』

慶応大・林英一氏調べ『三重県の空襲年表』より
http://web.sfc.keio.ac.jp/~s03747eh/index.html

1945年3月10日の東京大空襲を皮切りに全国主要都市への爆撃が本格的になります。地方都市への爆撃が本格化するのは、1945年の6月頃からといわれます

それまで上記のサイトのように単発的な主要都市への爆撃はありましたが、地方都市である宇治山田市への初爆撃は主要都市並みに早かった、といえます

宇治山田市への爆撃、これは、当時の日本の国家的重要地だった『神都』を攻撃することで日本人の戦意を低下させる狙いがあったといわれてます

こういう機会に、戦争や平和や…云々、を考えるのもいいかもしれません


※二見にある爆弾池を形成した爆撃がいつのかは定かではありません。でも、ここには元々田んぼがあって、それは管理人の友人のウチの田んぼでした。友人の祖母はアメリカに田んぼをやられた!とよく怒ってたそうです
posted by 浜参宮観察隊 at 23:13| Comment(3) | TrackBack(0) | 二見の話題> 勝手に名所・旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

注連縄つくり,そこには…

夫婦岩の大注連縄を作る会場
江地区コミュニティーセンター裏で
こんなの発見!

なんじゃここは?


なんじゃここは?


えっ?


コップで飲んで?

コップで飲んでぇっ?


なんとなんと
ここにはきれいな井戸水が!

井戸っ!


この水でお茶やコーヒーを沸かすと
うまいそうです


海がすぐそこなのに…


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はっきりいいまして・・・

私管理人Yは小さい頃から
このコミュニティーセンタ広場で
よく遊んでました


でもこの大きな井戸は
知らなかった・・・


posted by 浜参宮観察隊 at 16:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 二見の話題> 勝手に名所・旧跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする