15歳になった子たちの
大人の仲間入りの儀式なのです
西コミュニティーセンターに
集合して準備はじまり
今日の目玉は
なんといっても
箕獅子お披露目!です
ときは徳川三代将軍家光のころ
もともと神領だった二見を北畠氏
つづいて鳥羽藩九鬼氏が押領しました
年貢に苦しむ二見を救ってくれたのが
当時の山田奉行花房志摩守(はなふさ しまのかみ)
寛永10年(1633)
鳥羽藩主が国替えになったのを機に
志摩守の尽力で神領復帰がかなったのです
寛永18年(1641)
江戸に帰った志摩守病死の報を聞き
供養碑を建てました
この碑の前で舞ったのが
手づくりの箕獅子です
準備はここからはじまります
西でとれた橙
箕獅子の目になるのです
橙を手でもんでもんで
やわらかくします
この作業 1〜2時間
そして橙手術のはじまりです
へたを切り取り
小さな穴から中身を刳り貫きます
全部取り出し
ここから慎重に慎重に
半分に折りこみます
ひびが入ると一からやりなおし
責任重大です
今日は2個とも成功
黒い目玉をくっつけて
箕獅子にセット!
鼻はひょうたん
その上に梅の三つ又の枝
これも西でとってきました
口を開けた獅子の舌は
杓子です
箕を二つ合わせて頭の輪郭に
農民の手作りとはいえ
身近なものを工夫して使い
とっても愛くるしい
考案者に拍手っ
こちらはお外で注連縄部隊
ベテランおじいちゃんが
よりより、です
大きな御頭の口を上下に開けて舞う獅子のそばに
扇ぎ手がいたようです
その子がかぶったのが
この童面
年季ものです
箕獅子の準備が整い
みなでお参りに
まずは地元の松陰神社へ
そして花房志摩守の供養碑前に
ここでは御頭の中にはいって
区長さんのアタマにガブリ
舞手は先舞、後舞の2人
西区の青年団「西隆会」の
メンバーがつとめてました
西コミュニティーセンターに戻って
あとは夕方の初会を待ちます
箕獅子舞は
平成13年をさいごに
今はお休み中
ぜひぜひ復活してほしいですね
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箕獅子は、上記のように
場所柄、北畠氏や九鬼氏鳥羽藩に略取され続けた
二見郷の神領復帰悲願の恩人、山田奉行所の
花房志摩守を偲んで始められました
手元にある二見町史によると…
箕獅子はその頭を「花房」にちなんで藤蔓を使って作る。まず、藤蔓と竹で箕(み)を二合作り、(二つの箕で)「二見」を意味する。
(箕はこんなものです⇒箕の画像検索結果)
これに赤布をかぶせて頭の輪郭ができるが、鼻にひょうたん、これに梅花を挿し、目は橙、耳と舌は杓子をつけ、たてがみに、幣(しで)とじゃのひげをつけて出来上がる。




あけましておめでとうございます。
毎回、二見の興味深いレポートを
ありがとうございます。
二見って近隣に比べて伝統行事がたくさんあります?
よくぞ今まで残っているものだな、と。
私が現在住んでいるところは歴史はかなりあり
地域のお宮さんもあるのですが
年に2回餅撒きがあるくらいです。
(はっ!新参者なので知らされてないのか?!)
以前に住んでいた伊勢も住宅街だったので
お木曳きくらいしか伝統行事が思い浮かばない(笑)
今年もよろしくお願いします。
どもども、あけましておめでとうございます
本年もどうぞ、よろしくです
二見の伝統行事…、どうでしょ?
多いのかなぁ…
多いのかもしれません
いや、どうだろ…
多いのかなぁ…
と自信はないですが
ただ単に人の流出入が少ないだけなのかも?
しかし、こういう民俗学的な祭りが残っているのは
貴重だと思います
と同時にどんな形であれ、残していかなければいかんなぁ…
とも思います