2007年06月16日

二見の名物岩/力石

知るひとぞ知る「力石」またの名を「天狗岩」

三津地区,浜荻近くの田んぼの中で
ぽつんとその存在を放っています

いや…、放っていました(過去形?)

というのも
…約8ヶ月前

なんかやばいかも、と思ってました
伝説のこの力石!!!
やばいかも?

田んぼが、うっ、埋められる?


この力石,伊勢の三郎が近くの山から放り投げたと
語り継がれています

伊勢三郎は江に生まれ三津常泉寺にて修行
源義経に仕え源平の戦で輝かしい軍功をあげた人物である

その伊勢の三郎ですからちょいちょいと
この石を投げたに違いありません


力石の前をチャリンコで通るたんびに
「伊勢の三郎はでっかい人なんやなあ」と
一人納得してました

ところが8ヶ月後の現在
埋められる〜!

半分は埋められちゃったのではないかと

今後の力石が心配だ…


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■wikipediaより,伊勢三郎義盛
※この記事のなかで伊勢義盛を『江三郎』と書いてありますが、二見の江地区で生まれたから、ということです…
posted by 浜参宮観察隊 at 14:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 二見の話題> ほっほ〜、な小ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
平家物語の中の
「伊勢の三郎義盛がひいふっと・・・」
とかいう方ですよね?弓の名手だったかと。
(薄まる記憶)

で、なんで埋め立ててるんでしょう?
保護とかそういう文化財関係者は?
Posted by 元伊勢市民 at 2007年06月17日 19:59
ひいふぅ…,は那須与一です… (^ ^;

文化財…,というにはこの岩は
伝説・伝承に限りなく近い存在ですが
でも,いわれのあるモノ

もっと大事にしてほしい…
です
Posted by Y@管理人 at 2007年06月19日 00:44
やはり薄い記憶でしたか。

「ごぢやうであるぞ。これをもまたつかまつれ」
の人でしたね。
(目の前にある便利な箱で調べました。)

継いでいくということは本当、難しいものですね。
例えが違うかもしれませんが、七越ぱんじゅう等、
「あって当たり前」「そこに当然あるもの」が
ある日突然後継者がいなくてなくなったり・・・。

伊勢市駅前の鳥居もそうですよね。
普通にあったけど道路拡張による撤去、
スポンサーがつかなかったとか。

鳥居がなくなった時、どうだったかご存知ですか?
私、子供だったのでよく覚えていないのですが、
普通に工事現場みたいに壊して終わり?

それを思うと、
よくぞ式年遷宮、残ってたものですね。
(一度中断したにもかかわらず)
Posted by 元伊勢市民 at 2007年06月21日 19:11
■元伊勢市民さん

平家物語といえば…
敦盛の最期の段で熊谷次郎直実が
敦盛の首をかくときの「泣く泣く首をぞかいてんげる…」

という言葉に、回転蹴りかよ!っと突っ込んだ覚えがありますな

あって当たり前のものって、なくなって初めてその価値が分かる場合がありますよね

私の場合、二見の賓日館や木造建築旅館街などがまさにそうで、昔はあって当たり前のものが、少し二見を離れて帰ってきて初めて、これはすごいものじゃないか!と思う始末で

それを思うと式年遷宮はすごいと思いますよ。そのまま歴史絵巻…、当時のまま残っているんですから

教科書でしか見たことない装束などを見ることができるなんて

神宮などは、下手すりゃ弥生式建築物そのものだったり…

いやはやすごいですわ

…で、駅前の鳥居
実は俺自身、鳥居そのものはよく覚えていますが、なくなったそのときは、よく覚えていません…

松下幸之助寄付の鳥居だったので、松下電工へ寄付をお願いに行ったら断られた…、見たいな事は聞いたような…

(当時、たしか松下幸之助は亡くなった後だった覚えが…)
Posted by Y@管理人 at 2007年06月22日 22:48
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