(いや、ぜんぜん?)
知られていませんが
二見十景なる書物があります
二見の代表的な名所旧跡を
10ヶ所選んだ、まぁいわば観光ガイド…
みたいなものですか
発行されたのは、昭和3年
著者は 『紀山居士』 こと松本正純
となっております
この松本さん
東京の人なんですが、二十歳の頃より
「晩年は伊勢に移り住み敬神にささげるのだ!」
と誓われていたそうです
そして大正7年
五十歳にしてついに東京を後にし
伊勢へ居を移します
場所は、二見町今一色
(今のどのあたりなのかが、わからない…)
松本さん、日が足らない!と思うくらい
神宮参拝する喜びをかみしめつつ
余暇として雨が降れば魚釣り
晴れれば畑を耕し…
という日々を過されてました
しかし、二見で過す日々が重なるごとに
「世の中の移り変わりの中の名所旧跡がだんだん忘れられていくのが寂しい…」
との思いで 『二見十景』 なる書物を作ることを決心したそうです
時は大正から昭和へ
昭和3年11月に行われた昭和天皇の即位の大礼に際し
「昭和天皇が即位される、そのお祝いとしてこの二見十景を捧げる…」
というようなことが序文に書かれています
さて、その10ヶ所の内容はといいますと…
一 夫婦岩
弐 五十鈴川
参 御塩殿
四 潜島
五 高城濱
六 濱荻
七 西行庵
八 太江寺
九 音無山
十 清渚
です
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むほほ〜
この十景を 取り上げちゃう ことにしました
まぁ、ぼちぼちと、ですが…
(これで10回分のネタ確保!!)
(いぇいっ)
それはさておき
この二見十景の奥付を
ちょっと覗いておきましょうか

えっ、ピンボケ?
気にしない気にしない…
昭和三年十二月二十五日 印刷
昭和三年十二月三十日 発行
二見名所考
定価 金三十五銭
著書
三重県二見浦
松本正純
発行者
三重県度会郡二見町字今一色
松本正興
印刷者
東京都赤坂區田町三丁目十一番地
岩間幸雄
発行所
三重県度会郡二見町字今一色
萬松書院
えっ発行所、二見町字今一色、萬松書院?
二見に出版社があったのか?
(いったい これは どこだ???)
(十景よりこっちのほうが気になる…)
噂?には聞いてたんですが、書物だったんですね。
見てみたい〜 復刻は?
マツモトマサズミさん?って読むんですか?
なんか聞いたことあるような・・・【笑】
おんなじこと、思いました…
二見十景っ!!
「世の中の移り変わりの中の名所旧跡がだんだん忘れられていくのが寂しい…」
二見十景も…当時と今でだいぶ変わっちゃったんですかねぇ…。
だいぶ変わっちゃったんでしょうか?
元本に写真がそんなにないので…
でも変わっちゃったんでしょうねぇ…
海岸は,面影だいぶ変わっちゃったみたいです
(当時は堤防も何もなかった,とか)
(…祖母談)
見たい見たい。
堤防がない二見浦。
松林はあったんでしょね。
『二見十景』元本、興味有ります。
ちなみにウチの前(ウチって誰の…?)にある
海岸駐車場と表参道との仕切りかと思う
灯篭の立っているあの構造物は
昭和初期の堤防だそうで
あれ堤防ですか?
あの構造物が…。
うわー、質問したいことがいっぱい。
海岸駐車場と表参道との仕切りじゃないんやぁ。
堤防が無かった??
荒波がやってきた時はさぞかし大変だったんでしょうねえ。
昔の絵ハガキ見ると、今の表参道入り口付近に
橋がかかってたりしてます・・・。
鮫川が堂々と通っていた頃ですね。
あれも昭和初期か。
構造物に立っている灯篭
海側をよく見てみてください
昭和一ケタの年号が掘り込んであります
多分,その頃に出来たんだろうな…
それまでは堤防がなかったのでは?
■磐子さん
大波が来たとき…
でも多分,そんなに影響がなかったんでしょうな
なくても生活できたんでしょうな
あっ表参道の鮫川の橋は
どうやら昭和40年代まであったみたい
(どうでもいいけど表参道…,原宿・青山みたい)