2016年05月30日
2016年05月24日
御座石
県営アリーナから少し西へ行ったあたり
五十鈴川の二見側に
干潮になると現れる
細長い岩があります。
この岩を御座石(ございわ)と言って
倭姫宮がここで休憩された
という伝説があります。
明治になるまで
内宮の神官が神前海岸で
行っていた贄海神事では
神事で取った海藻などを
持ち帰る時、
この岩の前で船を泊め
祝唄を歌っていたそうです。
2016年05月09日
御田祭
2016年05月07日
夫婦岩大注連縄張
2016年05月05日
2016年05月03日
神楽祭、最終日の午後
興玉さんの社務所が建替中は
現在社務所を建替中の興玉神社です。
社務所があった場所はきれいに何もありません。
しかし社務所のない今しか見られないもの・・・
先ほどの写真、よく見てください。
黄色でまるをしたところ。
階段、が見えませんか?
この階段こそ昔々、まだ二見のトンネルがなかったころ。
今の鳥羽へ行く国道は音無山を切通しで越えていました。
詳しくは2007年02月21日のこのページをご覧下さい。
→ 2007年02月21日『音無山おまけ・その2』
そしてもちろんその切通しから夫婦岩へ降りる道がありました。
その道こそ今しか見られないその階段です。
ちょっと写真をアップにしておきます。
明治になるまでなかった興玉さんと現在の参道、
この階段が夫婦岩へ降りる唯一の道。
古来二見浦で禊を行う人はここから浜へと降りていました。
古くから浜参宮を行う人の通う道
このブログ「浜参宮だより」の由来となる階段です。
社務所があった場所はきれいに何もありません。
しかし社務所のない今しか見られないもの・・・
先ほどの写真、よく見てください。
黄色でまるをしたところ。
階段、が見えませんか?
この階段こそ昔々、まだ二見のトンネルがなかったころ。
今の鳥羽へ行く国道は音無山を切通しで越えていました。
詳しくは2007年02月21日のこのページをご覧下さい。
→ 2007年02月21日『音無山おまけ・その2』
そしてもちろんその切通しから夫婦岩へ降りる道がありました。
その道こそ今しか見られないその階段です。
ちょっと写真をアップにしておきます。
明治になるまでなかった興玉さんと現在の参道、
この階段が夫婦岩へ降りる唯一の道。
古来二見浦で禊を行う人はここから浜へと降りていました。
古くから浜参宮を行う人の通う道
このブログ「浜参宮だより」の由来となる階段です。