2011年10月から2012年3月までの
番組案内、です
表紙に夫婦岩っ
NHKで夫婦岩っ
海外版になると、なぜか
レトロ感が漂います……
2011年11月26日
2011年11月25日
古市の資料館にて
2011年11月20日
こんなところにVol.16
2011年11月19日
注連縄&おもてなし[神道博物館]
瀧原宮
敬意を表し。。。瀧原宮へ。。。
第11代垂仁天皇の皇女・倭姫命が
天照大神をおまつりする地を求め
各地を訪れた際「大河の瀧原の国」
という美しい場所があったので
そこに新宮を建てました
それが現在の瀧原宮
大内山川支流の頓戸川
ここで手と口を清めます
五十鈴川っぽい・・・
内宮の神域にも様子が似てる瀧原宮
そろそろ紅葉が美しい季節
伊勢神宮内宮の別宮で
天照坐皇大御神御魂
(あまてらしますすめ
おおみかみのみたま)がご祭神 ※ルビ長ぁっ
お社は4つ
「遙宮」と呼ばれ
元伊勢のひとつでもあります
のちに大神の神意により
倭姫命は再び伊勢へ向われたので
瀧原に留まったのはさほど長くはなかったとか
西国三十三所巡礼を志す人々が
熊野第一番札所「青岸渡寺」を目ざし
歩んだ熊野街道が瀧原宮の前を通ります
かつて、茶屋はにぎわったでしょね
峠を越え、人々は歩きました
第11代垂仁天皇の皇女・倭姫命が
天照大神をおまつりする地を求め
各地を訪れた際「大河の瀧原の国」
という美しい場所があったので
そこに新宮を建てました
それが現在の瀧原宮
大内山川支流の頓戸川
ここで手と口を清めます
五十鈴川っぽい・・・
内宮の神域にも様子が似てる瀧原宮
そろそろ紅葉が美しい季節
伊勢神宮内宮の別宮で
天照坐皇大御神御魂
(あまてらしますすめ
おおみかみのみたま)がご祭神 ※ルビ長ぁっ
お社は4つ
「遙宮」と呼ばれ
元伊勢のひとつでもあります
のちに大神の神意により
倭姫命は再び伊勢へ向われたので
瀧原に留まったのはさほど長くはなかったとか
西国三十三所巡礼を志す人々が
熊野第一番札所「青岸渡寺」を目ざし
歩んだ熊野街道が瀧原宮の前を通ります
かつて、茶屋はにぎわったでしょね
峠を越え、人々は歩きました
2011年11月15日
ご遷宮at赤羽神社
20年に一度の大祭、ご遷宮
遷宮つながりで出張!
紀伊長島でレポートです
ここは紀北町紀伊長島区中桐
伊勢から熊野へと続く旧熊野街道にあります
台高山地に水源を持つ赤羽川が眼前に流れ
ツヅラト峠を越え川を渡り
西国三十三所めぐりに出る人に
禊ぎの場でもあったそう
なので赤羽川は風呂川と呼ばれました
(二見つながり?!)
海側に道幅の広い荷坂ルートができるまで
山寄りの赤羽がにぎわっていたということです
こちらは赤羽川流域の氏神様、赤羽神社
文安5年(1448)創建と伝わる由緒あるお社
明治45年には旧赤羽村の3村11社が合祀されます
ご祭神は
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
品陀和気命(ほんだわけのみこと=応神天皇)
20年ぶりにお社の一部を新しくされました
そして、この大祭のクライマックス?
といえば、、、
餅ほりです
熊野地域じゃ欠かせません
しかも、なんだか広ーい境内
ぐるっと餅を投げる人が取り巻いて
あっちからもこっちからも餅の嵐♪
熊野のM石さん(拾う人)曰く
投げる人同志の間隔があっこは狭いよって
あっこはよぉけ餅飛んでくるぞ、ってすごい分析……
参加する人も、ほら準備物(気合い)が違う
そしてなによりこれがおっかさんの知恵
前掛けで、受ける!
一個一個つかみ取りでなく
空間ごとかっさらうのです
餅ほりで、みなとびきりの笑顔!
ここまで幸せにしてくれる餅ほりってスゴイ
お参りも忘れずに〜
遷宮つながりで出張!
紀伊長島でレポートです
ここは紀北町紀伊長島区中桐
伊勢から熊野へと続く旧熊野街道にあります
台高山地に水源を持つ赤羽川が眼前に流れ
ツヅラト峠を越え川を渡り
西国三十三所めぐりに出る人に
禊ぎの場でもあったそう
なので赤羽川は風呂川と呼ばれました
(二見つながり?!)
海側に道幅の広い荷坂ルートができるまで
山寄りの赤羽がにぎわっていたということです
こちらは赤羽川流域の氏神様、赤羽神社
文安5年(1448)創建と伝わる由緒あるお社
明治45年には旧赤羽村の3村11社が合祀されます
ご祭神は
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
品陀和気命(ほんだわけのみこと=応神天皇)
20年ぶりにお社の一部を新しくされました
そして、この大祭のクライマックス?
といえば、、、
餅ほりです
熊野地域じゃ欠かせません
しかも、なんだか広ーい境内
ぐるっと餅を投げる人が取り巻いて
あっちからもこっちからも餅の嵐♪
熊野のM石さん(拾う人)曰く
投げる人同志の間隔があっこは狭いよって
あっこはよぉけ餅飛んでくるぞ、ってすごい分析……
参加する人も、ほら準備物(気合い)が違う
そしてなによりこれがおっかさんの知恵
前掛けで、受ける!
一個一個つかみ取りでなく
空間ごとかっさらうのです
餅ほりで、みなとびきりの笑顔!
ここまで幸せにしてくれる餅ほりってスゴイ
お参りも忘れずに〜
2011年11月12日
2011年11月06日
倭姫宮さんへ(丹倉付き!)
楠部へおつかい…
花火がなりました
「今日は朝からなっとんの」
!
11月5日
ヤマトヒメさんの
お祭りの日でしたっ
急いで倭姫宮へ
御祭神の倭姫命
十一代垂仁天皇の皇女で
十代崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命の
後を継ぎ
御杖代として大和国から各地を転々
現在の五十鈴川の川上に皇大神宮を
創建されました
その功績を讃え
大正12年11月5日に
ここに御鎮座
たくさんお参りに
5日は
猿田彦さんも秋季例祭です
*・*・*・*
お祭りついでに、といったら何ですが、、、
こちらは熊野市赤倉
集落に3人が暮らす
とっても空気のうまいとこ
しかし現在、赤倉へは
五郷から神川へ向かいつつ、
(神川経由井戸は通行止め)
一度北山[和歌山]に出て、
また橋を渡って、育生町から赤倉へ。。。
もしくは紀和小森からたどりつけます
(金山からは通行止め)
11月6日、お祭りの日でした
10時の祭典前には
太陽もかすかに照らしてくれて
深い森の中の境内はきらきら
豪雨の被害後、今年はお祭り
どうなるんだろうかと心配でしたが、
神社オーナー!中平さんの努力あって
無事開催
御神体は、後ろの大きな丸い石
磐座信仰の原点です
お社はなく、ただ注連縄が張られてるだけ
神社は丹倉と書いて「あかくら」と読むんですが
集落は二つあって、赤倉「あかくら」と丹倉「にぐら」
みなさん、茣蓙を敷いて直会です
もと赤倉に住んでたご家族や
赤倉ファンでほのぼの小宴会
このあと、得意の餅ほりもあったようです
こちらは巨岩横のお稲荷さん
花火がなりました
「今日は朝からなっとんの」
!
11月5日
ヤマトヒメさんの
お祭りの日でしたっ
急いで倭姫宮へ
御祭神の倭姫命
十一代垂仁天皇の皇女で
十代崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命の
後を継ぎ
御杖代として大和国から各地を転々
現在の五十鈴川の川上に皇大神宮を
創建されました
その功績を讃え
大正12年11月5日に
ここに御鎮座
たくさんお参りに
5日は
猿田彦さんも秋季例祭です
*・*・*・*
お祭りついでに、といったら何ですが、、、
こちらは熊野市赤倉
集落に3人が暮らす
とっても空気のうまいとこ
しかし現在、赤倉へは
五郷から神川へ向かいつつ、
(神川経由井戸は通行止め)
一度北山[和歌山]に出て、
また橋を渡って、育生町から赤倉へ。。。
もしくは紀和小森からたどりつけます
(金山からは通行止め)
11月6日、お祭りの日でした
10時の祭典前には
太陽もかすかに照らしてくれて
深い森の中の境内はきらきら
豪雨の被害後、今年はお祭り
どうなるんだろうかと心配でしたが、
神社オーナー!中平さんの努力あって
無事開催
御神体は、後ろの大きな丸い石
磐座信仰の原点です
お社はなく、ただ注連縄が張られてるだけ
神社は丹倉と書いて「あかくら」と読むんですが
集落は二つあって、赤倉「あかくら」と丹倉「にぐら」
みなさん、茣蓙を敷いて直会です
もと赤倉に住んでたご家族や
赤倉ファンでほのぼの小宴会
このあと、得意の餅ほりもあったようです
こちらは巨岩横のお稲荷さん