2008年12月31日
松下社 榊巻き神事
すっかり色あせた榊
そして青々とした榊の束
大晦日恒例 榊巻きです
この日に榊を巻き続け
20年経って、また一から
もう15年か16年目やなぁと
ちょっと曖昧・・・
社殿下もはみ出そうに大きくなってます
どうゆう謂れかわからんけど
続いてるから毎年やってるこの神事
絶やさずにいたい風習です
榊を巻く縄もお手製です
いとも簡単にスルスルと
そして社殿前には
小さな石と海草のお供えが
そして先日報告しました注連縄ですが
注文の送り作業をすませたら
どうやら少し余裕があるようです
まだの方、お急ぎください!!!
残り物には福がある
ご利益たっぷり?の注連縄かも
2008年12月29日
迎春準備
年賀状にあせり、大掃除はあきらめ
もう今年も終わり、、、としみじみする日々です
間もなく初詣客で賑わうおはらい町では
迎春準備の真っ最中
こちら赤福本店
長締めをみんなで取り付けております
ウラジロは白い方が前
(ウラジロ…注連縄についてる葉っぱですね)
(裏が白いんです)
(だから…、ウラジロ)
榊や松が青々とすがすがしいです
注連縄の「注連」って、中国で死霊が入らぬよう
水を注いで清め、連ね張った縄を意味するんだそうです
同じ間隔で、3本、5本、7本と垂らすため
「七五三縄」とも書くようです
こちらは話題の?!蘇民将来子孫家門
(今頃ですが報告、二見・松下社での
注連縄は品切れだそうです・・・)
立派な門松も飾られて
いい年を迎えられそうです
一年前は開いてなかったですから
なんだか余計にうれしい年の瀬です
もう今年も終わり、、、としみじみする日々です
間もなく初詣客で賑わうおはらい町では
迎春準備の真っ最中
こちら赤福本店
長締めをみんなで取り付けております
ウラジロは白い方が前
(ウラジロ…注連縄についてる葉っぱですね)
(裏が白いんです)
(だから…、ウラジロ)
榊や松が青々とすがすがしいです
注連縄の「注連」って、中国で死霊が入らぬよう
水を注いで清め、連ね張った縄を意味するんだそうです
同じ間隔で、3本、5本、7本と垂らすため
「七五三縄」とも書くようです
こちらは話題の?!蘇民将来子孫家門
(今頃ですが報告、二見・松下社での
注連縄は品切れだそうです・・・)
立派な門松も飾られて
いい年を迎えられそうです
一年前は開いてなかったですから
なんだか余計にうれしい年の瀬です
2008年12月21日
冬至!
2008年12月16日
夫婦岩・大注連縄張神事とお月さま
先日の12月14日(日)
今年最後の大注連縄張神事が行われました
(注連縄張は年三回、5月、9月、12月と行われます)
他の神事と重なって
いつもより1時間ゆっくりの10時30分スタートです
(いつもは9時30分スタートよ)
まず…
張り替え前にお祓いを受け
注連縄を夫婦岩へと運びます
沿道から見ている人からは
「海に入ってる! 寒そ〜!!」との声も…
(うん,寒いよ)
(と岩に登る人が…)
そうそう
来年も良い事がありますように(!?)
しっかりとさわっておかないとね!
ちょいと脱線しましたが
大注連縄を男岩へと引き上げます
(これがめっちゃ重いのよ)
(と岩に登る人が…)
男岩の体裁が整ったあと
つづいて女岩で調整です
もうすぐ完成ですね!
そして
御神酒をかけて完了です
神事が終わる頃には青空が
寒い中
お疲れさまでした
(晴れると風が出てさぁ,さらに寒いよ)
(と岩に登る人が…)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そして時刻は18時半過ぎ
装いも新たな夫婦岩の間から
満月が昇りました
ところで現地では
「お月さまの手前に富士山が見えた!」
とウワサになりまして
撮った写真を確認しましたら…
小さすぎて分かりませんね(汗
実は
撮影してて「おや? 富士山かい?」と思い
暗いなか望遠レンズに交換してましたら
お月さま
早々に昇っちゃいました(泣
レンズ交換後の写真がコチラですが
これじゃあ雲にしかみえません
残念…
今年最後の大注連縄張神事が行われました
(注連縄張は年三回、5月、9月、12月と行われます)
他の神事と重なって
いつもより1時間ゆっくりの10時30分スタートです
(いつもは9時30分スタートよ)
まず…
張り替え前にお祓いを受け
注連縄を夫婦岩へと運びます
沿道から見ている人からは
「海に入ってる! 寒そ〜!!」との声も…
(うん,寒いよ)
(と岩に登る人が…)
そうそう
来年も良い事がありますように(!?)
しっかりとさわっておかないとね!
ちょいと脱線しましたが
大注連縄を男岩へと引き上げます
(これがめっちゃ重いのよ)
(と岩に登る人が…)
男岩の体裁が整ったあと
つづいて女岩で調整です
もうすぐ完成ですね!
そして
御神酒をかけて完了です
神事が終わる頃には青空が
寒い中
お疲れさまでした
(晴れると風が出てさぁ,さらに寒いよ)
(と岩に登る人が…)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そして時刻は18時半過ぎ
装いも新たな夫婦岩の間から
満月が昇りました
ところで現地では
「お月さまの手前に富士山が見えた!」
とウワサになりまして
撮った写真を確認しましたら…
小さすぎて分かりませんね(汗
実は
撮影してて「おや? 富士山かい?」と思い
暗いなか望遠レンズに交換してましたら
お月さま
早々に昇っちゃいました(泣
レンズ交換後の写真がコチラですが
これじゃあ雲にしかみえません
残念…
2008年12月14日
多岐原神社・まなこさん
いつもより少し遠出です
でも見慣れた社殿・・・
国道42号を南下し大台町の警察署を越え
橋を渡り左の道へ入ります
清流宮川沿いに2キロほど進んだ集落に
内宮さんの摂社・多岐原神社があります
別の名を真奈胡(まなこ)神社
倭姫命が相鹿瀬より宮川を遡っていたところ
砂も流れる早瀬のここで難渋していたそう
そのとき真奈胡の神の案内で
無事通過できたといわれています
宮川岸辺にひっそりと鎮まり
風に揺れ赤いカエデがハラハラ
奥伊勢は色鮮やかに紅葉盛り
神社下の河原は三瀬の渡し跡
この街道は伊勢から熊野へ続く
熊野古道伊勢路
ここから三瀬坂峠を越え
内宮別宮の遙宮といわれる瀧原宮に
出ます
紀州藩が享保甲辰(享保九年、1724)に建てた禁殺生石です
■多岐原神社・まなこさんはこちら
でも見慣れた社殿・・・
国道42号を南下し大台町の警察署を越え
橋を渡り左の道へ入ります
清流宮川沿いに2キロほど進んだ集落に
内宮さんの摂社・多岐原神社があります
別の名を真奈胡(まなこ)神社
倭姫命が相鹿瀬より宮川を遡っていたところ
砂も流れる早瀬のここで難渋していたそう
そのとき真奈胡の神の案内で
無事通過できたといわれています
宮川岸辺にひっそりと鎮まり
風に揺れ赤いカエデがハラハラ
奥伊勢は色鮮やかに紅葉盛り
神社下の河原は三瀬の渡し跡
この街道は伊勢から熊野へ続く
熊野古道伊勢路
ここから三瀬坂峠を越え
内宮別宮の遙宮といわれる瀧原宮に
出ます
紀州藩が享保甲辰(享保九年、1724)に建てた禁殺生石です
■多岐原神社・まなこさんはこちら
2008年12月08日
2008年12月04日
新嘗祭(にいなめさい)
11月23日の勤労感謝の祝日
神宮では新嘗祭が行われました
天皇陛下自ら新穀を神々に奉られ、
自らもお召しあがりになる大儀が宮中で行われます
それに際して神宮へは勅使を御差遣されて
奉幣の儀が行われます。
色づいた葉の舞う神宮の杜に
厳粛な空気が流れます
祝日とあって沢山の参拝客が
足を止めていました
帰り道の五十鈴川
宇治橋の架け替えを約一年後に控え
仮橋が着々とできあがってきてます
宇治橋も当初は式年遷宮の年に掛け替えられていましたが
昭和24年の第59回式年遷宮が戦争のために遅れ
この橋だけでもと造営されたので
以降は式年遷宮の4年前に掛け替えられています
欄干にある16基の擬宝珠のひとつに
天照皇太神宮
御裳濯川御橋
元和五己未年三月と
刻まれています
探してみよう!?!
※元和五年(己未)は西暦1619年
江戸幕府が成立して16年目の年です
神宮では新嘗祭が行われました
天皇陛下自ら新穀を神々に奉られ、
自らもお召しあがりになる大儀が宮中で行われます
それに際して神宮へは勅使を御差遣されて
奉幣の儀が行われます。
色づいた葉の舞う神宮の杜に
厳粛な空気が流れます
祝日とあって沢山の参拝客が
足を止めていました
帰り道の五十鈴川
宇治橋の架け替えを約一年後に控え
仮橋が着々とできあがってきてます
宇治橋も当初は式年遷宮の年に掛け替えられていましたが
昭和24年の第59回式年遷宮が戦争のために遅れ
この橋だけでもと造営されたので
以降は式年遷宮の4年前に掛け替えられています
欄干にある16基の擬宝珠のひとつに
天照皇太神宮
御裳濯川御橋
元和五己未年三月と
刻まれています
探してみよう!?!
※元和五年(己未)は西暦1619年
江戸幕府が成立して16年目の年です