2006年05月19日

夫婦岩の,ネタ

いやいやいや〜


5月17日にアップした興玉さんネタで
コメントいただいた夫婦岩についての
ふぉろーです。


5月17日ネタ:http://hamasanguu.seesaa.net/article/17926926.html


はい,夫婦岩の小さいほう(奥さん?)は
実は瀕死の重傷をおったことがあるそうです。


まずは2枚の写真をごらんあれーー


大正初期の夫婦岩


現在の夫婦岩


えっと,上の写真,大正初期の撮影だそうで。


下は,今の夫婦岩。
撮影場所はほぼ同じ,と考えていいでしょう。


何か違いが分かりますか?
奥さん(?)に注目!


形が違うんですよ。
現在の夫婦岩,
奥さんの足元は小さな岩が
いっぱいくっついてます。


あっ,ちなみに旦那岩(?)を『立石』,
奥さん岩を『根尻石』といいます。


さて,ちょっと長い引用になりますが,
奥さんが瀕死の重傷を負ったことの顛末を。


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大正7年9月24日襲来した大暴風雨によって(小岩)は折れ,その後少し南(注;画像画面右)に移動し傾斜してしまったため,3年後の大正10年10月20日に大修復工事を行い,現在のように周囲に岩を据えつけ固定しました

古い絵ハガキで見る限り,昔の小岩は,片理の方向(注:岩の筋)は大岩に一致していますが,端正でなく,海食によるノッチ(注;波で削られた浸食)が発達し「きのこ状」を呈していた様子が分かります…


●二見町地学ガイド / 南平秀生著 / 1984年10月発行より
(大正初期の夫婦岩の絵ハガキも同著より)

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元来の形ゆえ,
暴風雨でぽっきり折れたらしいです。


うちのおばあ
(明治36年生まれ,20年ほど前にお亡くなり〜)
はよく言っておりました。


「折れる前の昔の夫婦岩は,かっこよかった!」


ちなみに…。


今度夫婦岩を見る機会があったら,
よーーーーくご覧くださいませ。


専門用語で言う『片理の方向』,
ぶっちゃけていえば『岩に入っている筋の方向』
が旦那と奥さんでは違います。


こんな感じ…


夫婦岩・片理の方向


赤いラインが岩の筋(片理)の方向です。
(画像クリックして大きくしてみてくだされ)


あ〜っ…。
ちょっとねぶたくなるお話になるかも。


夫婦岩や他の岩自身,すぐ横の参道の崖
(立石岬,音無山が海に落ち込んでいるところ)
が海水で浸食され出来たものといわれています。


(なので夫婦岩近辺はゴロゴロ岩や磯が多い)


地質的には参道脇の崖と同じ岩石です。
緑色泥岩という,ちともろい岩石です。
破片は手でぱきっと割ることが出来ます。


また,私が観察(?)する限り,
参道脇の崖の岩の筋(片理)の方向と
夫婦岩の旦那岩の筋(片理)の方向
はほぼ一致しております。


と当然奥さん岩の筋の方向も
崖,旦那と一致していなければならんのです。


ならんのです。


大々々々々々昔の海の底で,
沈殿物が堆積し,
それが長ーーーーい年月を経て
岩石化した痕跡(堆積痕)が
岩の筋です。


他の岩の筋の方向も観察する限り
ほぼ参道脇の崖に一致しております。


というか,堆積痕だから
このあたりの岩石はすべて筋の方向が
一致していなければならんのです!


実は…


奥さん岩は…


重症を負った後…



少し傾いたまま固定されたんです。



今で言えば,医療ミスです!
(はぁ?)


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そして,興玉さん広場入り口に
こんな石碑が建っております。


万代不易碑


万代不易の碑といいます。
石碑で,しかも漢文調なので,
読もうにも私には,…読めませぬ。


でも親切です!
すぐ脇に書き下し文の看板が立っております。
こちらをクリック,大きくして
お読みくださいませ〜。


万代不易碑・説明


そういうことだ,そうで。


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さてさて,実は…


奥さん岩が瀕死の重傷を負い,
手当てを受ける…,
という一連の写真がありますです。


こちらでございます↓


夫婦岩・根尻岩顛末


写真に撮られてたんだ…
(二見町史より)